MACF礼拝説教要旨
               2019.06.02
イエスの生涯#17
「私はぶどうの木」
ヨハネによる福音書
15:4 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。
15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。
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ヨハネによる福音書にはイエス様が「わたしはまことのぶどうの木」「世の光」「いのちのパン」「道・真理・いのち」などご自分のことをいろいろなものに例えてその役割を説明されたことが記録されています。
今朝の箇所は有名な「私はまことのぶどうの木」という説明から始まるヨハネによる福音書15章の中からいくつかのことを考えて生きたいと思います。

1)繋がることの重要性
人間は生まれた時から「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい(つながりたい)」という欲求を持っていると言われています。
そして、それを充足させることこそが幸せの土台になると考えられています。
イエス様は「わたしにつながっていなさい」と語りました。
いろいろな人との繋がりは大切ですし、団体や教会とのつながりも大事です。しかし、根本的に聖書は「イエスとのつながり」こそ、神のいのちを受け取るために必須のできごとなのだと教えているのです。

社会における「孤立化」の問題、「ひきこもり」の問題などは「繋がる」ことに困難を感じたり、「繋がりや関わり」を否定されて起こる要因が大きいように感じます。
人は繋がりの中でこそ鍛えられ、整えられ、成長していきます。家庭においても学校においても「繋がる」という社会教育的な意味を持っています。
でも、「繋がる」とは「継続的な出来事」なので、互いの努力や認め合いや協力が必要になってきます。
繋がることを諦めてしまうと、孤立がはじまり、人間らしい生き方がなかなか成熟しなくなってしまう可能性がおこります。
人との繋がりについては、「微笑み」からはじまるように感じます。

2)キリストにつながる
キリストとの繋がりは「いのちの交流」です。
単なるお付き合いではなく、積極的ないのちや力、励ましや慰めの吸収のためのつながりなのです。
その際、キリストは圧倒的な提供者であり、私たちはただ繋がりを意識し、受け取れば良いのです。
赤ちゃんがお母さんにおっぱいをねだるように、私たちもキリストによる養いを求めることが必要です。
心の渇きを感じるとか、霊的な養いを必要としている自分に気づくことがとても大事です。
忙しすぎるとなかなか、そういう自分の状況にさえ気づきにくいのです。また、どんどん成功し物質的に豊かになるとキリストによる霊的な養いなどいらないとさえ感じることがあるかもしれません。それはある意味で落とし穴のように感じます。
人間は神によって創造されているので、神によってのみ満たされなければ埋められない部分があるのです。
イエス様は「わたしにつながっていなさい」と勧めています。

3)具体的には
繋がるという言葉でイエス様が提示している内容は
15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。
とあるように
み言葉に留まること。つまり、聖書の言葉、イエス様の教え、生き方にしっかり心を向けながら生きること。

15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。
15:10 わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。

キリストがどれほど真剣に私たちを愛し、生かそうとしてくださっているかに気づかされること、そして、その愛を受け入れ、その愛によって他者を愛することができるような生き方をすること。他者を愛するとは、他者を大切な存在として受け入れて生きることです。
他の人をキリストが身代わりに死なれたほど、神にとって重要な大切な存在なのだとうなづきつつ生きることです。

そして、そのことの告白、また証として「聖餐式」を理解することができると思います。

キリストが再び帰ってくる時まで守り行うようにと定めてくださった聖餐式を守り実行すること、これはみことばに留まることの一つの形です。
また、その中に示されている神の愛、赦し、永遠の希望を受けて、愛されていることを感謝し、また、しっかりその愛を受けて生きることを決意する、それが聖餐式のなかに表明できる大切な告白です。

祝福溢れる礼拝、そして聖餐式となりますように。
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人との繋がりで大切な第一歩は「微笑み」
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「微笑み」
微笑みはお金を払う必要のないものですが、相手にとって非常に大きな価値を持つものです。
微笑まれた人を豊かにしながら、ほほえんだ人は何も失ないません。
フラッシュのように瞬間的に消えますが、記憶は永久にとどまります。
どんなにお金があっても、微笑みなしには貧しく、いかに貧しくても微笑みの功徳によって富んでいます。
家庭には平安を生みだし、社会では善意を増し、ふたりの間では友情の合言葉となります。
疲れた者には休息となり、失望する者には光となります。
悲しむものには太陽、いろいろな心配に対しては自然の解毒剤の役割を果たすのです。

しかも、買うことのできないもの、頼んで得られないもの。
借りられもしないかわりに、盗まれることもないものです。
それは、自然に現われ、与えられるまで存在せず、値うちもありません。
もし、あなたが誰かに期待した微笑みが得られなかったら不愉快になるかわりに、
あなたのほうから微笑みかけてごらんなさい。
実際、微笑みを忘れた人ほど、それを必要としている人はいないのですから。   
 (作者不詳)